何のために文章を書くのか?
読む人に面白いと喜んでもらうためではない。
たっぷりお金を稼ぐためでもない。
ただ単に書きたいからでもない。
では、何のために?
それは書く必要があるからだ。
人間はよりよく死ぬために生きているのだと思う。
よりよく死ぬためには、自分自身が満足しなければならない。
自分自身が満足するためには、より多くの人と喜びを共有しなければならない。
本当の喜びとは、永遠に変わらぬ真理を知ることである。
そして、その真理を知る手助けをするのがすべての芸術の役割である。
だからもし私が、
真理を知る絵を描けるならば描けばいい。
真理を知る音楽を創れるならば創ればいい。
真理を知る音楽を奏でられるならば奏でればいい。
真理を知る像を彫れるならば彫ればいい。
だが、残念ながら私はどれもできない。
ただできるのは書くことだけ。
だから私は書くのだ。
できるだけ多くの人と真理を共有するために。
この文章は、何をどう書けばいいか迷ったときの指針として、また不必要な文章を書くことに無駄な時間を費やさないようにするために書いた。
セネカが言うように人生はあまりにも短い。無駄に費やす時間はないのだ。
文章を書くなら、その文章を読む人々に何らかの反応が起こる文章を書かなければならない。その反応は、人間が真理を掴むために役立つものなら何でもかまわないと思う。一見、負の反応のように思えても、それが真理を掴むために必要な段階ということもある。真理を極めるためには時に勇気も必要だ。
迷わず、信念を持って積み重ねなければ何も達成できない。